
(2010年12月8日現在)
カウンターパート紹介
カンボジア小学校建設活動
カウンターパート フン・シン・ホンさん
IVUSAカンボジアオフィスチーフのフン・シン・ホンさんは留学先の日本の大学(国士舘大学)在学中に、IVUSAと一緒に活動し途上国の教育問題に熱心に取り組んでいる同大学のOGの理解と協力を得て、IVUSAと出会い、フン・シン・ホンさんの熱意と教育問題に取り組みたい学生が一緒になってカンボジア小学校建設活動が始まりました。
フン・シン・ホンさんは、教育施設の破壊や教師の虐殺を含み、多くの社会基盤を破壊した民主カンボジア(ポル・ポト)政権樹立の翌年、カンボジアで生まれました。14歳の時に母が病死、16歳の時に父が内戦に巻き込まれ死亡。5人兄弟の長男として、高校に通いながら塾を開いたり、川で魚を採ったりして生活を支えました。
どんな苦労を乗り越えても家族を助けられる道は大学、或いは海外留学しかないと思い、日本の大学に留学するために勉強に励みました。当時、大河メコン川に日本のODAで橋が架けられたことに感動し「私もこの橋を作りたい」と思い、日本の大学では土木工学を学びました。
卒業後、在日カンボジア大使館に勤務。現在はカンボジアに帰国し、2009年にカンボジアでの教育支援活動の現地調査や調整、インターンシップのコーディネートを行うため、IVUSAカンボジアオフィスを設立しました。
IVUSAカンボジアオフィスのチーフをする傍ら、建設会社の社長や日本語学校の校長も務めています。近い将来、生まれ育ったコンポンチャム州から庶民の代表として政治家になり、国民自身が希望を持てる国を作ることを目指しています。そのためにはまず教育環境の整備が急務だと考え、学校建設を中心に、カンボジアの教育環境改善に向けて尽力しています。
ネパール小学校建設活動
カウンターパート 垣見一雅さん
垣見一雅さん(通称:OKバジ)は、93年よりネパールの山奥で現地の生活支援活動を行っており、教育・保健衛生・経済活動向上の分野を中心に尽力しておられます。
垣見さんは1988年、ヒマラヤトレッキング中に雪崩に遭い九死に一生を得ました。しかし、一緒にいたポーター(登山で荷を運ぶ仕事を専門にする人)が亡くなったことで心の中にネパールへの「借り」ができた、と垣見さんは語ります。
1993年、亡くなったポーターの故郷・パルパ県ジャルパ郡ドリマラ村を訪ねました。わずか10日間でしたが、村人の温かいもてなしに感動すると同時に村の貧しさに心を痛めました。それ以来、現在に至るまで「借り」を返すためにドリマラ村に定住。日本のNGOや企業の協力を得て、ネパールの山奥の生活支援活動をしています。
ネパールの山奥にはたくさんのニーズがあります。生きていく上でなくてはならない生活インフラも、まだ満足のいくものではありません。そんな環境の中で、垣見さんは常に「OK、OK」とあらゆる声に応えています。そこで付いたあだ名が「OKバジ」です(バジは、ネパール語で「おじいさん」)。
IVUSAでは、2001年から垣見さんと共に、パルパ郡で教育支援を中心とした活動を行っています。















