| 名誉会長挨拶 |
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西 原 春 夫
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ずいぶん前の話になるが、1991年に洛陽、鄭州、開封など黄河文明の故地を旅したとき、黄土高原の一部を車で走ってそのものすごさに驚嘆したことがあった。「黄河を制する者は天下を制する」という格言の意味を実感したものである。 このたび国際ボランティア学生協会がその黄土高原に植林に行くという計画を聞いたとき、当時の記憶がはっきり蘇るとともにその計画の意義を即座に理解することができた。そして、作業の順調な発展と隊員達の無事を祈ったものであった。国士舘内部の事情のため、国際ボランティア学生協会の代表でもある下村誠君が参加できなくなったことは、本人にとっても大変無念な事だっただろうし、隊員の学生諸君にも大きな不安を投げ与えたことであろう。しかし、報告によれば、植林を中心とする初期の目的はほぼ達成したようであるし、中韓日の学生交流も実をあげたようなので、胸をなでおろしたものである。最後の日に三カ国の学生が入り乱れて肩を組み、「朋友」という中国の歌をみんなで涙を流しながら歌ったという報告を聞いたとき、私は胸が熱くなった。おそらく学生たちは国の違いを超えた、仲間としての共感を心の底から覚えただろうし、本当の幸せはお金や物にあるのではなく、胸をゆさぶるような感激の体験にあることを実感しただろうと思う。 ここ数年の世界情勢を見ていると、平和のための武力行使がいかに平和を乱すかがよくわかる。武力行使がいかに憎悪や怨恨を生み、憎悪や怨恨がいかに報復感情をかき立て、それがいかに報復の連鎖の源になるかを、われわれ人類は学んだのであった。しかし、21世紀初頭の混乱の根源は、基本的にはイスラエル・パレスチナの対立にあり、それに、イスラエル寄りと見られるアメリカの基本政策がからみあっているところにある。旧約聖書以来の歴史が背景にあり、奥底にはユダヤ教・キリスト教とイスラム教という、二つの一神教世界の併存が横たわっているのだから、解決は容易ではない。 このような世界の混乱を収めるのに、日本は何かできないのか。そのように考えたとき、すぐに思いつくのは、第一に、唯一の核被爆国である日本はどのみち軍事大国にならない宿命にあるのだから、むしろ「武力によらない積極的平和貢献国家」という意味での平和国家に徹し、それを国是とすべきだということである。そして第二に、二つの文明の対立の間に割って入り、仲裁者、調停者としての役割を演ずるのにもっともふさわしいのは、日本を含む北東アジアの国々だから、それらの国に同じ理念を呼びかけることである。 国士舘大学は、このような着想を単なる夢で終わらせないように、直ちに行動に着手した。2004年8月に発足する「北東アジア5大学交流・協力会議(仮称)」は、中国・韓国・モンゴル・極東ロシア、そして日本の大学に、「文化を手段とする積極的平和貢献」の拠点たろうと呼びかける幹事校の集まりという意味を持っている。今平和の注目を集めているイラクで30年以上日本唯一の調査隊として遺跡の発掘調査を続けている国士舘大学は、戦乱が遠ざかる時期をみはからって、あのバクダットに「ジャパンハウス」を建て、民間のボランティア団体がつぎつぎに活動できる拠点を作ろうと計画している。 ひたすらに困っている人のために。善意の若者のひたむきな活動ぐらい胸をうつものはない。軍事力によらない、広い意味での文化を手段とする積極的平和貢献、日本はこれを国の基本政策として生きて行くべきであるし、これならば徒手空拳の若者でも参加することができる。皆さんがこの植林事業で得た体験を多くの人に語り、さらに多くの同士の輪を広げて下さることを祈ってやまない。 |