Youth-Acty!
■あの津波から4年
2004年12月26日、インドネシア・スマトラ島沖で発生した地震は、M9.3いう観測史上2番目を記録する大地震でした。この影響で巨大津波が発生。この津波は、地震発生から2時間後にインド洋を横断し、インド・スリランカに到達しました。その後、スリランカと同時にインド大陸をも回り込み、アラビア海に面した村々にも襲いかかりました。
今回の活動地であるケーララ州コーチンも津波が襲った地域の一つです。津波で流された家を再建する経済的力がない人たちは4年たった今でも、家を持てず、親戚の家に身を寄せて生活をしています。
■12軒の集落に112人の外国人
今回、第6次インド住宅建設活動に参加したのは112名。国際チャリティ協会アムリタハートが行っている「Tsunami housing project」に参加させていただく形になります。
期待と不安。さまざまな思いを抱え、9月4日の早朝新宿に集合し、5日の深夜、インドのコーチン空港に降り立ちました。むっとした空気と数知れぬ人々。空港を出ると、テレビ局が待ち構えていました。日本と似ても似つかない環境に、私たちはすっかり圧倒されました。空港から4時間バスに揺られ、宿舎となるアムリタ工科大学へと向かいました。
ついて早々に、アムリタ大学の学生とともにお祭りに参加しました。お祭りの最後には、綱引きが催され、日印両国大学生による日印綱引き対決が実現しました。結果は、IVUSAの惨敗でしたが、どこからか「ニッポン」コールと「インディア」コールが始まり、大きな声がグランドに響きわたっていました。
今回の活動中、不安定な天候が続きました。抜けるような青空かと思うと、午後にはぽつりぽつりと雨が降ってきて、数分後にはどしゃ降りの雨。天候によって多くの予定の変更を余儀なくされました。
作業は、完成間近の12軒の家の仕上げを行うことに決まりました。主な作業は、外壁・内壁の塗装、木材・鉄筋・石材の撤去、土地の整地。12軒の小さな集落にいきなり112人の外国人が来たのですから、地元の人は本当に驚いたことと思います。作業初日から近隣に住む多くの人が、私たちを囲んでいました。なにか失敗するとくすっと笑いあい、目で合図する。そんな静かなやり取りから私たちのコミュニケーションは始まりました。
大きな声を張り上げての作業。毎日「エーッ!サーッ!!」と声を張り上げる私たち。ある日現地の子どもも掛け声を覚え、大声でかけ声をかけていました。子どもの「エーッ!サーッ!!」と威勢のいい声に続き、声を合わせる。いつの間にか現地の子どもが音頭に合わせての作業となりました。
一日一日と、近くなっていく心。日に日に覚えていく互いの言葉。「サヨナラ、マタネー」夕方になり片づけを始めると、私たちの間を縫いながら少年は駆けていく姿が今も心に残ります。
■お前たちは、明日も来るのか?
不安定な天候、度重なる現地との調整で作業が思うように進めることができず、交流会だけを予定していた最終日も少しでも完成に近づけるため、交流会と同時進行で作業を行いました。
交流会の詳細が決まったのは、交流会の前日。本格的な準備は前日の深夜からとなりました。目をこすりながらの準備。十分に用意は出来ませんでしたが、当日は、輪投げや、折り紙、腕相撲大会を行い、日本の歌を現地の人と一緒に歌いました。どのコーナーも予想以上に盛り上がり、多くの人が集まってくれました。2年生の男子が中心となって作った組体操。時間を見つけては集まり練習を続けました。前もなかなか見えない土砂降りの中始まった組体操・よさこい。この数日間の感謝の気持ちを込めた、渾身の演技でした。
「お前たちは、明日も来るのか?」作業後、現地の人がきいてくれた言葉。
最後に残した、112人全員の名前と、3カ国語で刻んだ"笑えれば"の言葉。私たちが、ばか騒ぎして作業した12軒の家には、津波という不条理に大事な物を多く失った人々が住みます。あの2週間、異国の雰囲気に圧倒されながら、声を張り上げ作業しました。
第6次インド住宅建設活動リーダーは次のように振り返っています。
今回の活動で何を残せたのだろうか。木材一つ運ぶ事にすら大声で叫んで作業をした、自分達に出来ることは何なのかを常に考えて行動した2週間。作業現場の周辺の住民の人たちは、あの家に住む人たちにIVUSAの学生をどのように伝えるのだろうか。そしてそれを知ってあの12戸の家に住む人たちはどう感じるだろうか。
津波という不条理に大事な物を多く失った、あの12戸の家に住む人たちに、そんな学生もいたのか、と感じて過去と決別して新たな一歩を踏み出すときの支えに少しでもなれたら願う。
最後に、この活動を支えてくれたあらゆる人に感謝し、そして、津波に被災して多くのものを失った人たちに、いち早い復興を願います。
(八王子支部 法政大学3年 久保 裕)
■参加者所感
私は、今回のインドが初海外ということもあり、不安と期待で一杯だった。インドという国がどのようなところで、文化や生活の違いなどまったく想像がつかなかった。そして、今回の活動現場であるスマトラ沖地震被災地であるコーチンの"今 "がどのようになっているのか・・・。わからないことばかりの私だからこそ、あえて何もせずインドへ行き、現地のすべてを素直に感じてこようと考え、今回参加した。
実際にインドへ行ってみると、日本で当たり前のことが当たり前ではないことがとても実感できた。水の貴重さ、トイレや食事などの生活様式の違い、カースト制度による格差、インド人の時間感覚、一生懸命に英語で話しかけてくる子どもたち、インドで過ごした二週間は私にとって日本とは違った時間だった。
それから、住宅建設活動では、筋肉痛になったこともあったが、一人ではできない作業を皆と頑張ることができて楽しかった。また、どんな作業でも、誰かの声や笑顔がありとても印象的だった。他にも、激しい雨にうたれながらトラックの荷台に乗って資材降ろしへ行ったこと、休憩のたびに話しかけてくる現地の子どもたち、アラビア海に向かうガネーシャ、オーナム祭でよさこいを踊ったこと、朝昼晩と私の胃袋を驚かしてくれたカレー、クラクションの激しいバスなど、全てが印象的で忘れられない思い出になった。こういったことがある反面、アウトカースト地域や物乞い、ムンバイの高級ホテルの前にあったスラム街など、ま だまだカーストが残っていることも感じることが出来た。
今回インドへ行って見て、感じて、動いてきたことのすべてが私にとって刺激であった。日本にいたら気付けなかったことや、経験することがなかったであろうことが沢山あったように思う。慣れないことばかりで大変なこともあったが、とても楽しい二週間であった。ここで考え感じたことや経験したことを今後に活 かしていこうと思う。
(八王子支部 法政大学2年 穐山 友佳)